• 佐藤 和弘

「知ったこっちゃない」ことを考えてもらえるありがたさと、「知ったこっちゃない」ことを考えれる幸運

現場スタッフが人材マネジメントを自分たちで考えてくれる。このことが、どれだけ経営者や管理者にとってありがたいことかを身に染みて理解する必要がある。


半径5メートルの世界を覗いてみればわかるように、スタッフにとって見れば、そもそも人材マネジメントなど「知ったこっちゃない」、これが現実。だから、「だって、それって経営者や管理者が考えることですよね。なんで私たちが考えなきゃいけないんですか?」という疑問があったとしても、それはある意味ではその通りである。


ムラで豊かに暮らすための「環境(仕組み)づくり」、つまり信号機を設置したり、道路を舗装したり、公園を整備したり、決まり事をつくったりするのは、たしかに経営者や管理者の役割である。だから、スタッフ本人たちにとってみれば、それらの環境づくりが上手くいっていない「しわ寄せ」が自分たちに来ることは勘弁してほしいと思ったとしても、それは無理もないことだ。


それを、「組織で問題解決していきましょう!」という大義名分でオブラートに包みながら、自分たちだけでは難しい環境づくりを一緒になって行ってもらえる。このことが、経営者や管理者にとってどれだけありがたいことか。「そんなの、私たちの仕事じゃないので!」と突っぱねず、自分たちで考えてくれるスタッフがいる組織は恵まれている。


一方で、スタッフにとって、自分たちで環境づくりを行える機会があるということは、実は幸運でもある。どのような生活を送りたいのかは、誰よりも自分たち自身が1番良く知っている。だから、そのことを知らない者が良かれと思ってつくった環境によって「余計に暮らしにくくなった」とさらに生活を苦しくさせてしまうくらいなら、自分たちの半径5メートルの意見も取り入れてもらい一緒につくったほうが、面倒くさそうに見えて、実は「急がば回れ」なのである。


このように捉えれば、自分たちのリアルな意見が反映されないまま、生活環境がつくられてしまうことがいかに怖いことかがわかってくるだろう。だから、「それは私たちが考えることだ!」と突っぱねず、スタッフの意見も広く受け入れてくれる経営者や管理者がいる組織もまた、恵まれている。


だからこそ、経営者や管理者は「知ったこっちゃない」ことを考えてもらえることをありがたいと思い、スタッフは「知ったこっちゃない」ことを考えれることを幸運だと思うことが大切。どちら(か)も持たざる他の組織からすれば、そのような関係の組織を羨ましがるだろう。

© 2013 by Kazuhiro Sato