• 佐藤 和弘

平時と有事と合理と情理

往々にして、合理よりも情理が優先されてしまうのは、性弱説に基づく人間の宿命と言える。


特に、平時において情理優先の関係性が出来すぎてしまうと、いざ有事においてその情理を非情に切り離せなくなり、合理優先の意思決定ができなくなってしまう。


平時は合理に基づく情理の意思決定。有事は情理に基づく合理の意思決定。単に言葉を入れ替えただけに見える両者の意思決定は、正反対と言っても過言ではないほどの違いがある。


重要なことは2つ。1つは、合理と情理の「塩梅」。平時と有事で、それぞれどのくらいの塩梅であるべきなのかを試行錯誤して探らなければならない。もう1つは、平時と有事のリーダーシップの「切り替え」。昨日(平時)に情理優先だったリーダーシップから、今日(有事)に合理優先のリーダーシップに切り替ることはできるか。それを他者や過去の自分(が培ってきた他者からの信頼)が許せるのか。

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