共通言語をつくる
「制度」の前に「言語」。組織が同じ方向へとバスを走らせるための合言葉です。それぞれの職種ごとに別々の個別言語を使っている医療現場だからこそ、共通言語を使って問題解決をしていくことは重要な意味を持っています。
個別言語から共通言語へ
問題解決の自転車の乗り方を覚えると組織のなかに生まれるのが、「共通言語」です。共通言語とは、「同じ言葉を使って同じものの見方ができる」ということ。これまでのチーム医療や多職種連携の議論で抜け落ちていたのが、この共通言語づくりです。いくら制度をつくっても、肝心の共通言語がなければ正しいコミュニケーションはできません。同じ日本語でも、方言の違い(医師は医師語、看護師は看護師語など)があるようなものです。したがって、正しいコミュニケーションをするために、標準語(共通言語)を部署や職種を越えて使わなくてはならないのです。
実行計画の参考例
部署対抗戦を開催する
一般的に、組織学習というと研修をイメージしますが、それよりもはるかに重要なのは、現場で組織学習を行うこと。なぜなら、スタッフはほとんどの時間を現場で過ごし、その現場でしか本当の問題はわからないからです。したがって、現場で組織学習するためには、具体的かつシンプルな実行計画が必要不可欠になります。
研修で学んだノンテクニカルスキルを、次の日に現場で喜んで使いたがる人はいません。現場には現状満足の空気で支配されているために、排除されてしまうのが目に見えているからです。したがって、「明日から使っていってください」程度のお願いでは、誰も使いませんし、使えません。そうではなく、「明日から使っていきます!」という強制をして、スタッフに「私はやりたくないんだけど、やれと言われたから仕方なくやるんです・・・」という言い訳を与えて「諦めさせる」ことが、やらざるを得ない理由づくりに重要なのです。
では、どのような実行計画を立てればいいのでしょうか。答えはシンプルで、「問題解決シート枚数を競う部署対抗戦を開催する」ことです。複数の部署のスタッフが集まってノンテクニカルスキルの組織学習を行ったあと、3ヶ月ごとに期限を区切り、問題解決シートをどれだけ多く作成するかを部署対抗で競争してもらいます。
ここでのポイントは「質」には一切こだわらないこと。理由は2つあります。1つは、質の評価は難しいからです。A部署よりB部署の問題解決の質が高いと判断しても、B部署のスタッフにとってみれば「私たちの部署の問題解決の方がすごいのに、なんでわかってくれないの!?」といったように、不公平感を感じてもおかしくありません。人は不公平感を嫌う生き物です。特に組織変革の初期段階において質を評価するということは、そのような状況をつくらせてしまう危険な行為と考えてください。
一方で、「量」、つまり問題解決シートの枚数を評価するのであれば、公平な評価をすることができます。なお、「部署によってスタッフ数に違いがあるので、部署対抗にすると不公平なのでは?」という意見もあります。しかし、部署で問題解決するうえでは、スタッフ数が多いことは必ずしもメリットにはなりません。なぜならば、スタッフ数が多い方が議論したり決断するのに時間と労力がかかるからです。逆に、スタッフ数が少なければ迅速に議論し決断することができ、問題解決シートの枚数を増やすことができます。
問題解決シートは、組織で使ってこそ意味があります。空気を変えるためには、「皆で同じことをやっている感」を演出するのが大切だからです。したがって、基本的には複数のスタッフ単位で問題解決シートを使い議論してください。そのうえで、部署対抗戦を始める前に、上記の理由を各部署のスタッフに説明してから、対抗戦を始めてください。
ただ、例えば1人の部署と20人の部署など、あまりに大きな人数の差がある場合は、やはり不公平感が生まれます。その場合は、「1人当たりの枚数」で評価してください。
問題解決シートは3種類ある
部署対抗戦を繰り返し慣れさせていく問題解決シート。実は、この問題解決シートには、先ほどのシート以外にも2つの種類があります。それを紹介する前に、問題解決の全体像をご紹介しなければなりません。
問題解決の全体像は、世界地図になぞらえて六大大陸でできています。まず踏破すべきなのは【問題】【原因】【対策】という三大大陸です。一方で、【問題】の大陸を正しく踏破しようとするならば、必ず【現状】の大陸を正しく踏破する必要があります。これが、先ほどの問題解決シート1.0です。
一方で、【現状】の大陸だけでなく、【あるべき姿】の大陸も正しく踏破しなければ、【問題】の大陸の正しい踏破はできません。それが、問題解決シート2.0です。
【問題】【原因】【対策】【現状】【あるべき姿】の五大大陸は、すべて手段に過ぎません。最も大事なことは、【目的】という最重要大陸を踏破することです。誰のため、なんのために問題解決をするのか。この【目的】という原点に常に立ち返りながら、残りの大陸の踏破に臨んでいかなければ、往々にして「手段の目的化」が起こってしまいます。
この六大大陸の完全踏破版のシートが、問題解決シート3.0です。
よりシンプルに反復練習する
ではなぜ、わざわざ問題解決シートを3種類も用意し、わざわざ小出しにするのか。なぜ、いきなり問題解決シート2.0や3.0を使わせないのか。その理由は、組織で問題解決の考え方に慣れるためには、とことんシンプルでなければならないからです。
例えば、問題解決に慣れていないのに、「では【あるべき姿】はどのようなことでしょうか?」と聞いて、明確に答えられるでしょうか。「いきなり【あるべき姿】とか聞かれても、考えたこともないのでよくわかりません」という反応が返ってくるのが目に見えています。同じように、「では【目的】はなんですか?」と聞いても、「患者さんのため」「最適な医療を提供するため」などといったように、「そりゃそうですよね」と思うような漠然とした答えしか返ってこないでしょう。さらには、「【目的】と【あるべき姿】の違いがよくわからないのですが・・・」といったように、正しいことを考えさせようとして、むしろ混乱させてしまうだけです。
学術が「正しいかどうか」を求める世界であれば、臨床は「役に立つかどうか」「使い物になるかどうか」の世界です。いくら正しいことであっても、それが現場で使い物にならなければ絵に描いた餅に終わります。。しかも、ノンテクニカルスキルは、組織のスタッフが全員で使えなければ意味がありません。
このように考えれば、問題解決シートはできる限りシンプルにしたもの(問題解決シート1.0)から使っていき、組織で反復練習をし、段階的に問題解決シート2.0や3.0に進化させていくのが正攻法になるのです。
よりシンプルに反復練習する
ここで、問題解決シートを量産していくうえで陥りがちな罠を押さえておく必要があります。それは、問題解決シートを使う目的は、あくまでも「考え方を養い慣れさせる」ことであって、「シートを提出する」こと自体ではないということです。ともすると、このようなシートは「報告書」的な位置づけになってしまい、提出すること自体が目的化してしまいます。そうなると、「期限がせまってきたから、早く出さなきゃ(汗)」といったように、宿題感覚でしか問題解決を捉えることができなくなってしまいます。
極端な話、問題解決の考え方が頭の中で整理でき、それを当たり前のようにコミュニケーションに使っていくことができれば、シートなんて必要ありません。ただ、人は目に見えないものを意識し続けることは難しいために、シートを「見える化アイテム」として使っているだけです。
したがって、部署対抗戦の際は公平な評価のためにシートの枚数で競争はしてもらいますが、「シートの文字を埋める」「シートを提出する」ことが目的化しないように、ゆくゆくは、シートを使う使わないに関わらず、あらゆる業務の場面で問題解決の考え方を使わせていってください。