「意識」の表明と「行動」の計画の違い

「気をつける」ではなく「右を見て、左を見て、もう一度右を見てから、手を挙げて横断歩道を渡る」。 これが「意識」の表明と「行動」の計画の違い。 自組織の問題解決は前者か後者か。前者の場合は「どうやって?」と問い、後者に変える。

対策とは行動の計画を立てること。意識を表明することではない

注意する、確認する、気をつける。これらは対策ではない。 対策とは行動の計画を立てること。意識を表明することではない。だが、依然、意識の表明が繰り返されている。 そろそろ、この不都合な真実から目を背けることを止めても良いはず。

有事のなかの平時でも、スモールウィンが大切

物事は「痛みが先、成果は後」。特に有事においては、痛みが強く、成果が遅い。 当事者からすると、痛みが強過ぎれば成果を期待する余裕はないが、成果を期待できなければ痛みに耐えられない。 有事のなかの平時でも、スモールウィンが大切。

意思決定と両論の選択肢の重要性

正しい意思決定に重要なのは、①選択肢、②判断基準、③タイミング。 特に①選択肢が相反しやすい有事の場合、自分の都合の良い選択肢だけではなく、都合の悪い選択肢も挙げる。 都合の良い選択肢が正しいとは限らない。両論の選択肢が大切。

有事における過度の楽観の恐ろしさと、健全な悲観の重要性

有事の悲観的な空気を変えたいと、楽観的な空気を求める。ただ、健全な楽観と過度の楽観の線引きは難しい。 前者がいつのまにか後者に変わってしまわないか。昭和史の教訓は、有事における過度の楽観の恐ろしさと、健全な悲観の重要性

「何を言うか」「誰が言うか」より「どの立場で言うか」

ノンテクニカルスキルは言葉で人を動かす世界。それは「何を言うか」「誰が言うか」より「どの立場で言うか」。 言葉は磨くと当たり前になり、自分は変えられないが、立場をつくることはできる。これまでなかった場所を自らつくりそこに立つ。

組織の今は、10年前からの取り組みの結果

組織の今は、10年前からの取り組みの結果。 大人になって「子どもの時にもっと勉強しとけばよかった」と誰しも後悔することを、なぜ、組織でも繰り返すのか。 その結果は、平時ではなく有事に痛みとして集中する。

リーダーは、有事の時こそ空気の恐ろしさを知り、学ぶべき

リーダーは、有事の時こそ空気の恐ろしさを知り、学ぶべき。 巨大な情理の渦に合理が埋もれてしまう中で、村八分に遭う覚悟もいとわず、ムラ人のために合理を突き通せるか。 その正しさは、いずれ遠い未来に歴史の中で語られる。

気づきを生み出すたった1つの学びの設計手法

気づきを生み出すたった1つの学びの設計手法「知的空腹状態をつくる」。 料理における1番の調味料は空腹だが、学びも同じ。思考が満腹では良質な学びも美味しくない。 学んでほしい内容を伝える前に、思考が空腹になる体験をしてもらう。

平時の努力は有事でこそ報われる

平時と有事の連続性(共通点)と非連続性(相違点)。 後者に注目しがちだが前者も大事。それは、「問題を解決しなければならない」ということ。 平時から訓練しておかなければ、有事に適応できるはずがない。平時の努力は有事でこそ報われる。

ノンテク研修も続々とオンラインへ移行中

ノンテク研修も続々とオンラインへ移行中。 不確実性の高い有事においては、むしろ「オンラインファースト」で組織学習を設計することによって、時間と空間の制約によるリスクから逃れることが、変化に適応するうえで重要。

人工知能と「認識」系の業務の【あるべき姿】

人工知能における「目(認識)」「手足(運動)」「言語(耳口)」の3つの領域。問題設定型の問題解決における【あるべき姿】として、まず人工知能との共生した医療介護現場を描くべきは、「目(認識)」の自動化。 具体的には、【目的】を押さえたうえで、日々の現場業務のなかで、人間(スタ...

「有事の状況である」ことと「実際に有事の場にいる」ことの違い

この「戦争」体験と「戦場」体験の違いは、世の中が有事の状況であることと、有事を肌身で実感することの間には、大きな隔たりがあることを意味する。 これは、「有事の状況である」ことと「実際に有事の場にいる」ことの違いと言い換えられる。後者になってしまうと、あまりにも過酷。有事のリ...

有事の空気は、「性弱説×実生活」で予測し判断する

有事の教訓。有事の空気は、平時に比べて性弱説により忠実に基づく。 実生活の半径5メートルに影響する不安や恐怖、不都合、不満などを反映した空気が、さらに実生活に影響する。 有事の空気は、「性弱説×実生活」で予測し判断する。