• 佐藤 和弘

合理と情理のリーダーシップ

平時は合理に裏づけされた情理のリーダーシップ、有事は情理に裏づけされた合理のリーダーシップが大切。平時に後者を、有事に前者を選択すると、どちらもスタッフを不幸にする。大事なことは、今の置かれた環境が平時なのか有事なのか、いつ有事になるのかを判断すること。 *********************************************** (以下、引用)

「情に流されてはいけないのはもちろんですが、情を理解していないと失脚します。結局、最後は足をすくわれるわけです。まさしく政治も情理の塊で動いているわけですが、その仕組みが理解できない人には経営ができません。

そもそも経済合理性だけで組織は動きません。だから、組織の輪に矛盾していることを上位がきちんとわかったうえで、切るところは切る。あるいはそこでクーデターが起きないように安全策を講じたうえで切るべきなのです。」

https://theacademia.com/articles/toyama_event2?fbclid=IwAR2yH8FtygXoYXEQnpU1oCR_esx6H1kxKbT4K9pGveDHX01DfjbA1iBdrMY

Recent Posts

See All

リーダーが「あっちに行きましょう!」と旅の道筋を示した時、スタッフのフォロワーシップで大切なのは「一旦だまされたと思ってついて行ってみる」ことだと言えます。 結局、何が正しいかは実際にやってみなければわからないというのは、多くの人が納得することではないかと思います。「これはいける!」と思ったことが上手くいかなかったと思えば、「これは無理だろう・・・」と思ったことが案外上手くいったり。 もちろん、だ

立場(地位や職位、権限)によらずに誰かを動かす時、その人はリーダーでありリーダーシップを発揮していることになりますが、それ以前に、そもそも自分自身をリードしている(自分に対してリーダーシップを発揮している)と考えることもできます。このように、 「リーダーシップは自分自身に向けることから始まる」 ととらえると、自らが行動するモチベーションを維持するために「安心感の醸成」が大切になります。 そして、そ

組織変革と空気のマネジメントの観点から言えば、ヨソ者の本質的な価値は「餅は餅屋」の専門性にあるのではなく、ムラ(組織)の住民ではないこと、つまりヨソ者であること自体にあります。 たとえリーダーであっても、同じムラの住民ですから、日々の暮らしの中でのさまざまな交流を通じて、他の住民(スタッフ)との関係性が出来上がっています。 もちろん、信頼されている、仲が良いといった関係性だけを見ると良いことのよう